
2011年3月11日、
東北地方を中心に襲った記録的大地震と、
その直後に起こった悪夢のような大津波が、
信じられないぐらいたくさんの人々の命と幸せを奪っていきました。
何とか避難された男性が「自分だけ生き残っても意味が無い」と、
涙を流しながらお子さんの名前を呼ぶ姿を見て、
自分も子を持つ親として、涙が止まりませんでした。
地震が起きた時、私は妻と共に自宅(マンションの4階)にいたので、
かなり揺れ、妻は恐怖で泣き叫んでいました。
家の中の物がバタバタ倒れ、ガスも水道もエレベーターも止まり、
その晩は不安な夜を過ごしました。
数日後、スーパーやコンビニから商品が無くなり、
ガソリンスタンドに何時間も並ばないと燃料補給できなくなりました。
東北の方々の被害に比べたら、
何千分の一、何万分の一の、被害とも呼べないようなものですが、
それでも今までに経験した事が無い不安感の中、
日々戸惑いながら過ごしています。
朝起きて家族と一緒に朝食を食べ、一日接骨院で仕事をし、
帰宅後子供達と一緒に風呂に入り、子供達を寝かし付け、
夫婦で夕食を食べ、そして寝る。
そんな何でもないような普段の生活が、
本当は何にも代えられない一番の幸せだという事を心底実感しました。
話は変わりますが、我が家には私と妻と娘達以外に、
2匹の小っちゃな家族がいました。
ハムスターの「ダル」と「ハンカチ」です。
昨年の秋、患者さんにいただき、
半年間一つ屋根の下で共に生活してきました。
白いまん丸なのがダルで、茶色でちびっこいのがハンカチです。
子供達は朝起きると「ダル~!ハンカチ~!おはよ~!!」と一番に挨拶し、
出かける時、帰宅した時、寝る時も必ず声をかけていました。
日曜日にお母さんがハムスターのお家をお掃除してる間は、
段ボール箱の中に避難した2匹と遊ぶのを毎週楽しみにしていました。
そんな小っちゃな家族の中でも特別小っちゃかったハンカチが、
一昨日の朝、突然短い生涯を終え、天国へと旅立ってしまいました。
おそらく節電の為ほとんどエアコンをつけなくなったせいだと思います。
もしかしたら地震のストレスかもしれませんが、
ここ最近の生活の変化が関係している事は間違いなさそうです。
長女陽世は初めての家族との別れに絶えられず、
号泣しながらハンカチの名を呼び続けました。
素世はまだ「死」の意味があまりよく解らないようで、
「お父さん、ハンカチ死んじゃったからご飯いっぱい食べさせてあげてね!」
と言っていました。
その日の夕方、家族4人で近所の桜の木の根元にお墓を作り、
ハンカチを埋葬しました。
子供達には「ハンカチはお前達の心の中で生き続けるんだよ。」と話しました。
生きているものは、必ずいつか死にます。
それは絶対に避けられないものです。
今回のハンカチとの別れで、我々家族は死を身近に感じる事が出来ました。
しかし東日本大震災で家族を亡くされた方々の悲しみは、
我が家のものと比べ物にならない程、大きなものだと思います。
被災された方々と、そして日本中が大きな不安と戦っている中、
私達一人一人が今できる事を精一杯考えたいと思います。
希望の春が来る事を祈って。
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